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2007年5月28日 (月)

田植えの田んぼの景色に

ものすごく天気に恵まれた週末でしたね。
昨日土曜日はクルマのほうでちょっと出かけていたので
今日はちょっとゆっくり起床。

昼過ぎにいつもの宮が瀬にGallinaを引きずり出す。
別にサーキットを走ったからと言って
乗り方が変わるものでもない...。
というか公道の方が必要に迫られて
ブレーキ思いっきりかけるかも。(苦笑
そろそろパンチ穴無しのツナギには辛い季節。
Dscn2027
いつもの鳥居原は、バイクも少なく
黄色い花に囲まれた駐輪場は静か。

北岸道路を数往復してみますが、
だんだん暑くなってきたので帰ります。

夕方に向けて今度は怪鳥を引っ張り出して買い物。
いつもの南蛮屋に出かけてみる。
注文したコーヒーを包む間にもらえる一杯の試飲を
店頭のテラスで頂いてみる。
昼間の日差しをたっぷりと吸い込んだ地表と家屋の輻射と
少しずつ温度を下げて行く空気に包まれる心地よい瞬間。
静かなひとときを過ごして会計に行くと店長が
「音大が閉じちゃったんですよ」と。
聞けば厚木のキャンパスを閉じて新百合ケ丘に移転とのこと。
そういえばピアノを練習する音が聞こえていたのが
全く聞こえなくなっている。ちょっと寂しい。

都心再開発で大量の巨大高級マンションが作られ
モノも人も再び集中しようとしている。
おそらくその流れで一旦郊外に出た大学が、
都市部へと戻ろうとする。
学生が少なくなって大学が選ばれる時代に
都市から遠いキャンパスでは、
選択の舞台にすら上れないからか、
経営としては致し方ないところなのだろうけど。

都市に何でも集中してしまう。都市というより東京か。
地方の活性化と言われて久しいが、逆の強い流れを感じる。
情報の流れが良くなって都市と地方の垣根が低くなり
地方の独自性が活かされて人、モノの分散が図られるのではなく
画一的な都市の文化が流布されて、横並びであることを求める人が
都市に集中し地方のモノを集中させようとする。
この国では多様性の下の消費が進まないことが、
局部的な富の集中と閉塞感を生んでしまっているのではないか。
ここのところの日本製品のつまらなさも、
そんな画一性に迎合せざるを得ない影響の気がする。

とバイク趣味(クルマもかなぁ)は6σにすら
入らない嗜好性の人間のつぶやきなので
あんまり気にしないで下さいね。

Dscn2032何はともあれ近くの田んぼでやっと田植え。
黄金色に水面が輝く季節が訪れる。
そんな景色をものの数分で見に来れるところに
住んでいられるのは結構幸せかも。
なんて思ったりした日曜日。

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2007年5月21日 (月)

GP Mono Racer

土曜日のSSU走行会、
3、4本目の走行時は自分なりにかなり調子に乗って
ペースを上げて行った...つもりだったのに。

一回り図太い排気音と共に
遥かに速いコーナーリングスピード、
そのままの勢いでどんどん遠ざかって行く。

視界の中で小さくなって行くその姿は
真っ白のカウルに小径ホイール、
でも排気音は明らかにシングル。

とんでもないエイプかと思いきや、
ピットに佇むその姿は、
Dscn1950 Dscn1947 始めて目にした
GP Monoレーサー。
スラクストンが
持ち込んでました。
ちょっと異次元の速度は
さすがレーサーです。

Dscn1954 エンジンはホンダCRFのもの、らしい。
とても小さいバイク。軽そう。

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2007年5月20日 (日)

疾走 〜SSU走行会2〜

一本目のウェットが嘘のように
Dscn1933
2本目からは晴れです!!

富士のショートコースは
昔の30°バンクを仰ぎ見るところにあります。
1本目の屈辱を拭うべく、2本目からはGallinaで出走。
とは言うものの全く本気で走ったことがありませんので
最初の2周はおとなしく流します。

3周目から徐々にレコードラインに乗せて
周りのペースに合わせて走るようにします。
Sc_pic 今回のコースはメインストレートは短くA-1、
丘を登る大きなRのB-3、
なだらかな複合コーナーになるC-2のルート。

だんだんそれなりにラインを考えながら乗ったものの
2本目はとにかくサーキットに慣れるため必死な感じで
終了しました。

昼食後の3本目、1周は多少ゆっくりめでみんな様子を見てます。
2周目からは少しずつペースアップ。
ほとんどハヤシカスタムの皆さんなので周りはSRやSRXが多い。
排気量の多さ、異形のフレームの強みか、
多少コーナーでの自由度が多いっぽいことを利用して
コーナーの立ち上がりやインベタのラインで少しずつ前に。
と、調子に乗っている背後からZRX1100さんに
あっさりぬかれたりして...。
結構楽しんで走ることが出来ました。

4本目には同じ職場に勤めつつ、実は同じハヤシカスタムの
お客さんだったということがその場でわかったEさんと
ラインを交錯しながら走ります。
Dscn1930 (写真は一本目の雨のものですが)
NS400Rです。
結構いい感じのパイ〜ンという音を弾かせてました。
やはりシングルと2stなのでラインが全く異なるので
かなり面白かったです。
最終コーナーの立ち上がりで後ろから迫ってくる排気音、
第一コーナーの突っ込みでビビり気味の自分のインを差し、
A-1のヘアピン気味のコーナーを深い所から
B-3の大きなRに向けてつないで行くNSを追いかけて行く。
バックストレッチエンドの最終コーナーへの突っ込みで
イン側に付くが一足遅く、外側からかぶせられ、
ストレートは2stの紫煙を浴びながら走る。
Gallinaのバックファイヤーの破裂音を響かせながら、
A-1複合コーナーからB-3入り口まで付いて行くと、
NSちょっとはらんで大回りになる。
バックストレッチ入り口のコーナーのラインが苦しくなるNS、
ちょっと深めにクリップをとって立ち上がりの加速を稼ぎ
最終コーナーの突っ込みで前に出る。

なんてことを楽しんだところで4本目終了。

今回の走行会の所感は午前はひたすら反省、
午後はかなり楽しめました。
けど、思い起こすとまだライン取りの幅が
左車線キープって感じかも。
もっとコーナーとコーナーを上手くつないだ
広いライン取りを考えて走れないとならないかなぁ。
結構インベタで走っていた様な気がします。
後は何よりトラウマですけどブレーキを思いっきり掛けられない。
湯河原の登りだけで調子に乗っていたせいかもしれません。
シングルのエンブレと勾配に頼った走り方だったのかも。
もう少し安全なところでブレーキングの練習を積まないと...。

ということで筋肉痛を感じた日曜日でした。

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洗礼 〜SSU走行会1〜

土曜日、生まれて始めてサーキットを走ってきました。
ハヤシカスタムから案内のあったSSU走行会。
富士のショートコースです。

土曜日朝、トランポのサニトラに積んで出発。
Dscn1923 東名高速で御殿場までゆっくりと流し...
ていると、みるみる雲に突っ込んで行く。
御殿場ICを出てコンビニに入ったとき、
大粒の雨、スコール。

サーキットに着いた時にも激しい雨。
Dscn1926
雨が弱まったところを縫ってバイクを降ろし、
雨水を拭き取ってテーピングを施します。
でもちょっと憂鬱。
朝見た天気予報では筋状の雲が通り抜ければ
晴れるはずだったので、ちょっと期待して準備。

走行会は20分×4回。午前、午後に2本ずつ。

Dscn1928 今回の走行会はもうひとつ目的が。
ハヤシ社長が持ち込んだSRXレーサー。
6月の耐久レース用でいろいろいじったもの。
で、もし走ってみて良ければ
私も耐久に名を連ねるというテストも兼ねてます。
仕上げたものの、ナンバー無しなので未走行とのこと。
これがなかなかのくせ者でした。

Dscn1929 走行一本目の頃には雨は上がりましたが
重たい空の下のウェット路面。
ハヤシ社長がとりあえず
2〜3周ゆっくり流して、
そのSRXレーサーを私に引き渡して走ってみる
という具合で進めてみることに。
ということで最初はピットで待ってました。

3周目に社長が戻ってきてバトンタッチ。
調子いいですよと受け取って、乗り出します。
始めてのサーキット。
1周はコースのアウト側をゆっくりと走ります。
周りは少しずつペースを上げてますので、
そろそろ自分もと2周目から行こうかなと
1コーナー〜2コーナーの左→右と切り返すところで

やってしまいました。

いきなり、スリップダウンです。右から。
幸い集団と離れたところだったので、
他の人に迷惑はかけずに済んだと思いますが。
アスファルトの上を滑らかに流れて行く自分って
始めて味わう感覚。
スキーで昔アイスバーンを滑落したのと同じ感覚か。

とにかくコース脇に逃げましたが、
ちょっと我に返るのに時間がかかりました。

SRXを引き起こしてみると、スロットルは動くものの
フロントブレーキはすかすか。
どうやらマスターにエアを噛んでしまったみたい。
他に異常は無さそうなのでセルでかけてみると
無事にすぐ息を吹き返した。

目の前をみんなが走り抜ける。
別のSRXに乗り換えて走っている社長も
「大丈夫?」と言っている感じがメット越しにわかる。

とりあえずバイクの流れが切れたところで、
コースに戻りもちろんピットに入ります。

雨に加えて慣れないバイクで調子に乗りすぎたのか、
何よりしばらく置いてあったアローマックスが
すぐグリップするわけも無く、
一皮むく前にフロントをこじるように乗りながら
これまた慣れないブレーキをちょっと引き摺ったら
滑って飛んでってしまうのは当たり前ですよね。

と後悔、反省しても時既に遅し。
新品だったエギゾーストをちょっと軽量化してしまい、
タンクに一箇所凹み。
とりあえずまず泥を落とします。

戻ってきた社長に平謝り。
とそこから修理が始まります。
まずは泥を水道で洗い落とします。

幸いサニトラにブレーキフルードが積んであったので
まずエア抜きをし、無事に制動力は復活。
スロットル周りとフロントホークの曲がりを修正して
次の走行には間に合いました。
さすがに社長、早いです。

Dscn1931 ということで、私のサーキットデビューは
なかなか波乱の一本目で幕を開けました。

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2007年5月19日 (土)

何はともあれ

何はともあれ
無事終了です。

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Nobody's fault but mine

Nobody's fault but mine

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2007年5月18日 (金)

モブログテスト

明日の走行会に向け、モブログのテスト。
ガリーナはサニトラに積みました。
もう寝ないと。

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2007年5月15日 (火)

お手紙

ハヤシカスタムからお手紙が届きました!
SSU(Single Shop Union)主催の走行会案内。

そうです今週末富士スピードウェイショートコース
サーキットデビューです。

ちょっとどきどき、すっごくわくわくです。
Dscn1921

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2007年5月13日 (日)

ばらばら

薄曇りの午前中から、薄日のさす午後になった神奈川県央。
このタイトルを書いてGallinaの記事というと、
違う意味で捉える人もいるかなと期待。

ちょっと裏切ります。

すこし前の記事にも書きましたが、
Dscn1913 県央工業団地の中にある
日本フルハーフ(株)が
毎年敷地周辺の緑地にバラを、
しかも色々な種類のものを
きれいに手入れして披露してくれます。
場所はこの辺

ということでGallinaで宮が瀬を流した後に寄って見ました。
Dscn1911 Dscn1916
今日は軽装で。
だってさすがにこの歩道を
革ツナギを着て
うろうろしていたら、
それはちょっと異様な感じでしょう。
せっかくなのでリバーサルを入れた
愛機ニコマートELを引きずり出して、
数枚撮ってみます。

Dscn1914 Dscn1917 Dscn1919



これらはCOOLPIX S3での写真ですけどね。
淡い青のバラもあったりして結構すごいです。

ちなみにバラの鑑賞会は来週5月20日
小さいバラはまだまだ蕾だったので
来週は結構見頃になっていると思います。

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増殖

天気がいい土曜日。
アパートに付いている庭の雑草をちょっとむしった。

終わりも近づいた頃、
微かに聞こえる囁きのような声...。

家の庭には近所の猫がよく遊びにくる。

昨年あまりなつかない猫が妊って遊びにきた。
妊っていた猫が身軽になってしばらくして
同じ声が庭で聞こえた。

...そういうことです。2匹居ました。
写真は母親の許可が得られず撮れてません。
まだ目も開かない乳飲み子です。
キジトラです。

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2007年5月 7日 (月)

連休の終わりに

連休に一つ有給を付けて、今日まで休み。
とはいえ平日でないと出来ないことをちょっと片付けて
夕方にGallinaに火を入れます。

4時半に家を出てのちょい走り。
でも太陽はまだまだ高い。ちょっとうれしい。

Dscn1895 丹沢に涌く雲に遮られた日差しのもと
少し暗くなりかけた宮が瀬湖北岸道路の
平日夕刻を始めて走ってみる。
車は少なく、物好きも少ない。
でも居ないわけではない...。

GSX-R1000の立ち上がりは速かったなぁ...。
会社帰りとかにちょっと寄っているのか、
足回りのセッティングをいじりながらだったみたい。

ともあれ、夕刻の駐車場はDscn1897人気もまばら。
GSF1200さんとちょっとお話。
北岸道路を走るGallinaの排気音が
ずーっと聞こえていたと...、
それってものすごく煩いってこと?
ちょっと反省、かなり開き直りの
いつものペースで山を下って行きました。

そろそろ穴無し牛革ツナギはサウナスーツになりつつある。


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2007年5月 4日 (金)

Optimus199

いい天気を利用して、
昔のキャンプ道具の調子を見てみました。

大学時代からキャンプ時の食卓を支えてくれた
オプティマスの199。
白ガス、灯油、アルコールが使えるのが一つの売り。
でもアルコールで上手く行ったためしがない...。

結婚してからは一度しか点けていなかったので、
今日ほぼ4年ぶりくらいに火をつけてみました。
Dscn1884 今のガスバーナー世代には
わかってもらえないかなぁの
ポンピング。
自分の199は初期型なので
五徳はワイヤータイプ。

燃料には灯油。
半分くらいきれいな灯油を入れて、
メタでプレヒートします。
Dscn1886 なんて、プレヒートという言葉も
もう理解してくれない人が多いのかな。

いわゆるアウトドアブームのおかげで
コールマン商品が世に行き渡り、
プレヒート不要のピークワンに始まる
白ガスバーナーヘッドが普及。
ほぼ同じくしてガスバーナーも普及したおかげで
プレヒートが必要な灯油バーナーは
ショップからどんどん姿を消してしまいました。

でもプレヒートの後、
Dscn1887バルブをわずかに開いて
ノズルからの気化した灯油に着火、
炎の様子を見ながらポンピングを進め、
全開にした時の199の火力と音は、
何物にも代え難いモノがあります。

吸気系の抵抗の少ないシングルエンジンで
ストールに気を配りながらじんわりと開け始めたスロットルに
パワーが付いてきて開度と共に伸びて行く感じでしょうか。

尚、自分が買った一年後位に改良版がでて五徳が防風構造になった。
(イワタニプリムスのガスバーナーみたいな十字タイプ)
確かに、風がなければ無敵、
風があるとワンタンクで2合の米が炊けなかったこともある...。

量産品でありながら使いこなすにはコツが必要。
そんな多くの人にわかってもらえない楽しみに浸ったひととき。
そういう製品が少なくなったことは、とても残念かも。

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2007年5月 3日 (木)

路傍の花

天気予報半分はずれた2日の晴れ間、
昼食ついでにDR800Sに火を入れました。

いつもの宮が瀬の道も
ついでののんびり感で走ると
いつも見えないものがちょっと見えたりして。

Dscn1872 愛川町手前の集落の中、
刈りそろえられたツツジが
一株だけ見事に満開。
遠目で見ても一目でわかりました。

昼間の鳥居原の駐車場は、
まだツーリング帰りの人も居ないようで
いつもの面々がたむろしている雰囲気。
Dscn1873
異彩を放っていたのはROMAX。
シトロエン2CVの駆動系を
利用したFF三輪車。
軽さを活かして結構速いです。

帰り道に抜ける工業地帯、
Dscn1874 Dscn1875 日本フルハーフの
周りに作られている
バラの生け垣も
ちらほらと
咲き始めています。
まだちらほらですけどね。

5月の後半になると結構きれいに咲き、
通りすがるだけでもいい香りを感じることが出来ます。

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2007年5月 1日 (火)

横浜一人旅 〜埠頭ふらふら編〜

横浜ベイブリッジの下の一般道、
通ることが出来なきゃ戻るしかないですよね。

で今度はR1からR15へ。
途中の右折は周囲に気をつけながら。

横浜からすぐの瑞穂埠頭に始めて
Dscn1837足を踏み入れようかと思ったところが、
なんとここは米軍施設だった。
知らなかった。
横浜の目と鼻の先に米軍施設があるとは。
そんな立派な橋梁の脇にも鉄道の跡。
Dscn1840 この瑞穂埠頭は大正14年着工、
昭和20年に完成した埠頭とのことなので
完成してすぐ米軍に徴収されたのでしょうか。
この鉄路を走ったのは米軍の
補給物資ということか。
と由来を検索していたら、
この辺の貨物線路を紹介するページ発見。
おそるべし、そしてすばらしいテツ!。

さすがに密入国は出来ませんので、
そのままR15に戻り大黒埠頭方面へ。
JR新子安駅前のループを駆け上がり、
産業道路へ合流して首都高をまたぎ守屋町へ。

すぐ目に飛び込んでくるのは、
日本ビクターの工場にある緑青に包まれたニッパーくん。
横浜市の歴史的建造物にも指定されている。
Dscn1848 昭和5年に作られたとのことだが、
その頃この工場で何が作られていたんだろう。
調べてみると日本ビクターそのものが
昭和2年設立なので初期の音響機器から
戦後のテレビに至るまでを作ってきたんでしょうね。きっと。

ここからちょっと脇に入ると、
Dscn1844 JR貨物の新興駅がありました。
引き込み線の踏切は二度と閉じることが無い。
役目を終えた鉄道の跡は静かに
緑を育んでいました。
なんか書いていてラピタを思い出しましたね。

その後大黒埠頭に向けて走り続けます。
Dscn1851 恵比須町から宝町。
戦前から戦後の日本の工業を支え
つないできた線路跡と共に。
背景は日産横浜工場で、
映っている建物も歴史的建造物に指定されている
今はゲストホールとして使われているもの。

Dscn1853 運河を越える鉄路の跡には
軌道を外された橋桁が佇みます。
今の主役はもう歩道の反対側の産業道路。
バイクは道路に降り、少なくとも
自分を時間(ダイヤ)の制約から解放してくれた。
大量生産のモノも鉄道からトラック輸送へと時間から解放され、
人々は本当に幸せになったのだろうか。

Dscn1855 横浜ベイブリッジ下の
大黒埠頭の突端の公園から
みなとみらいを望む。
日差しが傾きかけた東京湾、
風はまだやはり春の冷たさを
隠しながら肌をなでる。

ここから戻るのは...、また同じ道を戻るしか無い!

Dscn1852 Dscn1867 この辺の橋の欄干。
産業道路脇。
にも関わらず、
なぜかちょっとおしゃれ。
戦後復興を支えた
二次産業の華やかさの名残?

Dscn1860 戻る途中の新日本石油前のスタンド。
すぐ裏が港になっていて、
おそらく港の船への給油するための
補給船も数隻持っているみたいな感じ。

Dscn1866 Dscn1863 Dscn1864





新子安に戻る前に恵比須町の
昭和電工側側線の方をたどってみる。
昔は貨車を乗り入れていたであろうところは
舗装路が敷かれトラックに。
草蒸す鉄路の車止めの先には政府のサイロが。

帰り道に昭和電工の策の中に
「アルミニウム発祥の碑」(?)がありましたが、
門の近くに「写真撮影禁止」の看板なので写真は無し。
化学工場は設備写真と特許から
何を作ろうとしているかがわかるらしい。
旧態然とした古い工場側に看板が無かったということは
そちらは問題ないということか。

振り返ってばかりいてもしょうがないけど、
今走っている足元がどうつなげられてきたのかは知りたい。
引き返して選べる別の道はもう閉ざされているのかもしれないけど。

と日が傾きかけた横浜を後に、R15, R1, R16, R246と
家路を急ぐ車と共に帰りました。ちょっと速めに。
小さいって便利だけど、夜目立たないから
明るいうちに帰らないとね。

翌日筋肉痛が出たのは喜んでいいのか?

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横浜一人旅 〜横浜港界隈〜

雨の連休中盤、
昨日の疲れを癒しながらの家でのごろ寝。

一日中腕立て伏せ...ではなく横浜に昭和の名残を探す
Monkey-Rでのツーリング。
そういえば走るってことではなく何かをしに行く
ツーリングって久しぶりな気がする。

Dscn1809 毛むくじゃらはさておき、
春の日差し穏やかな
振替休日の午前中。
神奈川県央から横浜まで
幹線道路とR246, R16を走り出します。
もちろん後ろと脇道に気をつけながら。
だって交通の流れを妨げたくないんだもん。

みなとみらいから海沿いを走ります。
倉庫街の一部は赤レンガのように観光地化、
でも日本を支えた勢いの名残はこっちにある気がする。
Dscn1811
コレクターズモールがある倉庫。
象の鼻地区の再開発でつぶされるらしい。
かつての鉄道の名残が残っている。
この奥に数件のバイク屋があるんだけど
雨の日はかなりバイクでは行きたくない。
滑るから。

とは言うものの、グリースモンキーは引っ越し。
Dscn1812 再開発ための立ち退き。
今度は東名横浜町田ICの近くに、
カフェ併設のお店になるとのこと。
近くなるのでかなりうれしい!

Dscn1817 税関の目の前のこの倉庫、
海側にはこ洒落たプロムナードが
倉庫を避けるように作られている。
確かにきれいではないけど、
こちらの方が昭和を支えた息吹を感じる
なんて思うのは歳をとったからか。

Dscn1810 そのプロムナードの一部として
断片的に残る鉄道の跡。
港を網羅するように貨物の引込線が
巡らされていたのでしょう。
鉄骨とリベットの橋梁の力強さが
却って物悲しさを感じさせます。

Dscn1820 これからも港を飾り続ける(だろう)氷川丸。
今は入れないので
遠目に眺めるだけですが、
やっぱり戦前日本を代表する船として就航し、
波乱にとんだ生涯を送ってきた船には
何か感じるものがあります。

Dscn1825 赤レンガ倉庫は観光客でいっぱい。
整備された広い歩道は、
ツツジがきれいに咲いていました。

暖かな日差しの下で、
Dscn1824
亀もじっとしていられません。

結構早く歩いてました。

もちろん画面の外に飼い主がいますよ。

そんな赤レンガ倉庫脇の駐車場には、
Dscn1827 これまた立派なホーム跡。
調べてみると客船の乗降客が利用した
プラットフォームの名残とのこと。
支柱の作りがまたまた
ごつい鉄骨とリベット。
JRの古い駅にはまだ一部
残ってますけど、いつまで残るか。
限られた材料で創意工夫の下に作られた形は
今となっては芸術的でもあります。
材料が良くなって成形技術も進歩した今では
もっと効率的、合理的に作れますけど、
味気ないと思う自分はリベットフェチ?

とはいえその傍らに展示されている、
Dscn1828 Dscn1829 工作船展示。
限られた材料は
同じでしょうが、
褒められませんね。
日本の漁船に偽装工作するから「工作船」なんだそうです。
始めて知りました。
Dscn1830 工作船の中に入っていた機銃付きの偽漁船の。
常は隠されている3個の船外機。
船外機を出し入れする油圧シリンダーには
Volvoの文字。
Volvoもこんなところに自社製品が使われているとは
思わないでしょうね。
自分が携わったものも...なんか関与してたら、
かなりイヤな気持ちになりますね。

Dscn1831
青い空に映える白い巡視船しきしまが
美しいだけでなく力強く見えました。

Dscn1835 みなとみらいの運河パークで
遊歩道になっているのは
やはりかつての軌道の跡地。
それが使われていた頃を知る由もないが、
それがもたらした今に生きている自分が
何も知らないで良いのかと疑問を感じる。

Dscn1822ということでもっと裏方の
埠頭巡りをしようと本牧埠頭の先端まで。

ベイブリッジの下を走る一般道は...、

原付走れないじゃん!! (続く)

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