2008年10月28日 (火)

iQ

また久しぶりに「すべて」本を買ってしまった。


FIAT500のすべてに引き続いての超小型車。
小さくてもトヨタ。
成立させるための技術開発の一つ一つが
やはりさすが世界一の自動車会社という感じ。

日本の局部的な法律の恩恵に保護されている軽自動車とは
一線を画した細部にわたる世界に通じる設計。

志を強く感じる、是非とも乗ってみたい一台。

小さいクルマ故、
居住空間と4つの車輪、
最低限の機構部分を詰め込むと
どうしても箱になってしまう所に
最新のトヨタ流意匠を織り込む所は素晴らしいと思いました。
Mk-Xに始まる車両前方中央下端を起点として
Aピラーにつながる流れを作るエクステリア。
Cocolog_oekaki_2008_10_28_22_33
こんな感じ?
それをしっかりと小さいクルマにも描いている。
Cocolog_oekaki_2008_10_28_22_39
起伏が無い単なる箱だと全く持ってつまらない乗り物。
ヘッドライトからネッツマークにつながる部分のふくらみ、
でもちょっとえぐいくらいのヘッドライトと
四隅に鎮座するタイヤを有機的に包み込むフェンダー
これらを巧みに組み合わせたあくの強い感じの造形。

これを嫌みと思わないのは
bBがもっとえぐいカッコで出ていたからか。
もしも戦略的にえぐすぎるカッコを
一部のそういうユーザー層に供給し
市場に散らすことにより、
一般大多数の目を慣らして免疫を作り
時期を見て車両寸法からえぐくならざるを得ない
けれども一般層に受け入れてもらいたい車両を投入する。

そこまで考えて車種構成と
投入タイミングを計画していたとしたら、
全く持ってトヨタ恐るべしですね。

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2008年9月 6日 (土)

魅惑のチンクェチェント

天気予報じゃ曇りだったのですが、
いい天気でしたね、土曜日。

チンク出して乗れば良かったと後悔させるに十分な夕暮れでした。

ところでその夕方に行った本屋で見つけた一冊。
Dscn4227
西風さんの雑誌。
6号は新旧FIAT500に対する記事。
いわばバイクでの東本さんの
クルマ版と言ったところですかね。

真ん中あたりのジウジアーロ記事の扉で
ブルタコにまたがるジョルジェット本人の写真が
とても魅力的でしたね。

西風さんも東本さんもある意味癖のある劇画家。
クルマやバイクの持つ世界を上手く描くと思います。

あくが強いので、どっぷりとハマりすぎると
ものの見方がかなり狭くなってしまうかもしれませんが
こんな世界もあるんだねと一歩引いてみると
共感出来る瞬間も有ったりして面白いし、
更に世界を広げる良いきっかけになると思います。

大学の頃に結構GT romanは読みふけりました。
チンクに乗ろう、ちょっと違うクルマに乗ろう、
クルマを楽しもう、と思うようになったのは
きっとこの辺の刺激のおかげかもしれない。

いろいろ自分の世界も出来つつ有る中で
再び読むと妙にプライベートな記事が
気になるところも有るんですけどね。

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2008年8月31日 (日)

チンクマガジン

土曜日、若干の晴れ間を縫ってチンクで歯医者に行きました。

歯医者自体は無事に終了です。
歯医者さんのクルマはすごい状態らしいのですが...。

行きつけの歯医者さんもクルマ好きで、
S2000をいじくり回してサーキットを走っている砥の粉と。
でもクランクのメタルをやってしまったらしい。

ところで本屋で見つけた一冊。
Dscn4207 毎度のTipoの企画もの。
もちろん買ってしまいました。
アバルトの周りにいた人の
インタビュー記事が結構面白い。

クルマへのインプレッションはわくわくさせてくれるし
見事にABARTHになっているのがうれしいですね。

女性ジャーナリストの数名はローマの休日のオードリーに
つなげるコメントを書いてくれているけど...、
ま、国民車の実用性を持ちながら映画の小道具として
ヒロインを引き立てるという点では志は変わらないのかな。
ローマの休日に出てたのはトッポリーノなので
直接そのカッコのイメージは新型500には無いと思うんですけどね。

屋根が開かないとオードリーを迎えるドアを開けることも出来ませんし。

ところで先日の500ピクニックの景色も所々に入っていました。
見たことある人が載っているぢゃありませんか!

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2008年8月10日 (日)

ゲリラ豪雨?

ここのところの予測困難な突発的豪雨に対して
各報道機関は「ゲリラ豪雨」という名前を使う。

「ゲリラ」という日本語的には
カ行のトンガリ感、濁音が入ることのインパクト、
ラ行の謎めいたどろっとした感じ
の音感からか、それともかつての解放闘争に於ける
神出鬼没の闘いと予測困難な突発的を絡めたものなのか。

いずれにしても本質的なところでは
庶民の迷惑になるかならないかというところで
間違った使い方であることを認識するべきだと思う。

ゲリラとテロは違う。
もちろんある側面からの認識は反面から見ると誤りの塊になるが
経済に翻弄されて火消しに奔走する現在のアメリカ合衆国と
アメリカ的生活観から見ると貧しいキューバを比較して
どちらが幸福かと言うのは愚な論議だと思うが、
少なくとも専制君主の暴挙に対して市民の賛同を
(そのときはかもしれないが)得て
フィデルとチェは闘い、今日のキューバを築いた。

ゲバラの著となる「ゲリラ戦争」の第一章において
「政府が(中略)合憲性ほ保持している場合には、ゲリラ活動を開始することは出来ない。なぜなら平和的闘争の可能性がまだ完全には無くなっていないからである。」とある。
これは平和的闘争がゲリラ活動に依る武力的闘争に優先されると書いており、志において単なる武力誇示では無いことを説いている。
(続くものすべてが志を継いでいるかどうかは問題かもしれないが)

またゲリラ戦法の一つとしてのサボタージュとテロリズムの違いについても論じている。後者のテロリズムはしばしば全然罪のない人々を犠牲にし、警察の弾圧を挑発することとなり、大衆との合法的あるいは反合法的な接触の妨げから行動の統一を妨げると考えている旨を記している。
(以上、中央公論新社 「ゲリラ戦争 キューバ革命軍の戦略・戦術」エルネスト・チェ・ゲバラ著 五十間忠行訳より抜粋、引用)

よって昨今の局地的な且つ突発的な豪雨に対する文言としては
大衆の賛同を得られておらず且つ大衆の不要な犠牲を伴うという意味では
「テロリズム」豪雨と呼ぶべきだと思うのだがいかがなものか?

現実的には途上国における、大衆自体も大きく分かれる中での
反政府活動での無法状態の活動や少年兵の実態など
「我々の」道徳観や倫理観において問題面が多い今活動している集団を
支持することは出来ないし、支持するつもりは無い。
それらもゲリラと呼んでしまう報道機関だから
ゲリラ豪雨という呼び名を使ってしまうのかもしれないが。

高い志の下で部隊を統率し、理想のゲリラ戦争を成し遂げた
チェ・ゲバラに思いを馳せると
影響のある報道機関には語呂だけではなく
意味を正しく伝える言葉の選択をしてもらいたいと思う。

民意を得た反政府活動となるゲリラ活動を
謎めいた迷惑な天災というイメージを植え付けるために
報道機関全体が何らかの圧力の下に
恣意的にこの言葉を使い始めていたら恐ろしいことだね。

まさかNHKが最初に使い始めてたりしないよね?

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2008年4月 4日 (金)

久しぶりに「すべて」本

桜がいい塩梅で咲いてますねぇ。
今週末は最高の花見日和になりそう。

と、週末の会社帰りに寄った本屋で発見した一冊。

おっと、写真が無いですね。
Dscn3572 こいつでございます。
久しぶりに買った
モーターファン別冊の
『〜のすべて」本。
FIAT500のすべてです。
結構モデルの変遷なんかが見れるので面白い。
学生の頃は国産車のすべて本を結構買っていたのですが、
いつの間にか買わなくなってしまった。

あまり車にときめかなくなってしまったせいか、
ときめく車が無かったせいか。

やはり後者だったらしい。買っちゃったから。
しかも手に取ってすぐレジに向かった。
ま、読んでみるとチンクェチェントとの比較記事なんかは
ミニカーを比較してみたときと同じようなことが
書いてあったりして。
足回りとかシャシーとかパワートレーンとかは
別に新しくなく、個々の技術を見ようとすると
真新しさは無い。記事の通りだと思う。

でもこのカッコを作り上げながら、
最新の安全性能を盛り込んだフィアットの
デザイナーとエンジニアは間違いなく
「車を作る」技術においてすばらしいと思う。
これは記事にはできないだろうし、
書いても訳わかんないと思うし、
見て触って乗って持って
楽しくうれしく感じることが大切な車に取って
理屈なんて作るときにこそ大切だけど、
出来てしまったら「ふぅ〜ん」の一言でおしまいなんだろうな。

こういう車に取って技術は縁の下の力持ちであることが
大切なんでしょうね。

偉大な過去のイメージを咀嚼して行った初期のスケッチたちと
千葉 匠さんの解説は結構読んでて楽しいです。
こういう背景のある車ってそうは無いですからね。

でも...買えないなぁ...。

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2008年1月14日 (月)

大人の数学

年末から読み始めた本の話です。
amazonでふと見つけた一冊。


ここのところ大人向けのドリルとか、
ゲームまでも大義名分が必要な中で、
何となく違いを感じて買った一冊。

いやぁ、祖国は日本語の藤原先生もそもそもは数学者ですが
志賀先生の本も結構ハマります。
全7巻構成の第一巻(現在第二巻まで刊行済み)ですが、
数学の歴史を手軽に教えてくれる書かもしれません。

数をどのように人類が捉えていったのか、
歴史の中で数の意味がどうかわっていったのか、
社会や人の暮らしの中で数字の位置づけがどうかわったのか、
それによって人の考え方がどう変わっていったのか。
それがダイナミックに描かれていて
かなり脳のリフレッシュになりました。

ほんとに数学をやっている人にはどう捉えられるかわかりませんが、
数III(歳がわかりますね)がいやで化学科を受験したけど、
研究室では工業数学を使ってグリグリと単純なシミュレーションを
自作していたような人間に取っては、
たまらなく面白いです。

今は

微分積分の復習に入ってます。

研究室や就職していろいろな現象を目の当たりにして、
それを測定したり解析したりするときに
初めて詰め込まれてきた数学達の意味が解りました。

わかり始めたらいろいろな身の回りの現象も
一つ一ついろいろな数学が当てはまっていくことに
気がつきひらめいていきました。

そんなときめきを感じさせてくれる本達です。

意味を理解する機会を与えてもらえない知識は
単なる詰め込みとして避難されてしまうのでしょうけど、
そのような知識は学会で学者さん達が議論するだけで
教科書に出てくるのは何かしら出会いの機会があるはずの
知識達なんですよね。きっと。

なので、ゆとり教育の名の下でその知識の素地を
与えてもらえなかった世代はものすごい機会損失を
国家に押し付けられたのではないかと思います。
多くの個々人は自ら補填したんでしょうけど...。

今後ゆとり教育世代が親や先生になったときに、
どのような教育が為されていくのか。
子供の居ない自分は外野から眺めるしかありませんが
若干の憂いがあります。

もう15〜20年このような書が出るのが早ければ、
より多くの大人がひらめくことに気づいていれば
詰め込まれることの正しい意味を子供に伝え
将来に向けた素地であることを諭すことができ
ゆとり教育などしなかったでしょうに。

自分ができることは、このひらめきのときめきを
若い世代に伝えることなのだろう。

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2007年6月 3日 (日)

もやしもん

本屋で最近コミックの試読をさせてくれます。
何気なく手に取って一話読んで、
次の瞬間4冊全部手に取ってレジに行きました。



菌もの。
ハマりました。
確かにフィクションですが、枠外含めると結構読み甲斐あります。
5巻が待ち遠しいです。
人体常在菌の話と併せて読むとうなづくことしきり。

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2007年5月14日 (月)

これでいいのだ

自分が好きで買っている車雑誌はENGINEとAUTOCAR。

AUTOCARは元々英国の週刊誌(だったはず)。
それを編集して月刊誌として、日本での記事を追加して出している。
ので切り口が欧州視点なので結構面白い。(自分にとってはです)

すんごくイギリスっぽい冗談はさすがに編集でカットされているけど。
数年前コンコルドが引退する前に、いろんな交通機関との比較試乗(!)特集をクリスマス記念号かなんかでやっていた。日本版にはならなかったけど。

そんな日本版の編集長の中尾 仁サンのコラムが
毎月あるのですが、今月のは結構しみました。

新聞記事に端を発した、日本の自動車社会に対する警鐘。
「これでいいのだ」、「これがいいのだ」と思える車。
そういうクルマを作り育てていくことができる社会。
(と自分は受け取りましたが、詳しくは雑誌を買って下さいね。
NEW FIAT500の特集もありますし)

幸か不幸か、自分の場合、トランスポーターのつもりで
自分で始めて買ったサニトラで
ノーマルタイヤのままヤビツ峠を走って、
三角窓からの風を感じながら
つづら折れのカーブで減速、操舵、加速....と
手のひら、腕、腰、背中、足の指の付け根にクルマを感じていたら
「これがいいのだ」なんて思ったりして。

当時の実家のU12ブルーバードSSSも
決して悪いクルマじゃなかったけど
もっと素なクルマに出会ってしまって、
厚化粧に幻滅してしまったと言うか、
30年の間の進化ってなんなんだろうと
疑問を感じてしまったりして。

その果てにチンクに行き着いてしまったんですけど。
両方のクルマとも「これがいいのだ」と思ってしまう、
今となっては代わるものがない乗り物。

あ、K11のエアコンは快適です。(ここは進化ですね)
と言いたいとこですが、今冷媒が抜けつつあるので
本格的な夏に向けて何かしないとならないです。

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2007年4月22日 (日)

ピタゴラ 2

届きました。Amazon.comから。


お、そうくるかい。という展開数多く、
重力に逆らうためのアイデアすばらしいです。
重力だけではないです、
期待を越える動きに出会うと
もう楽しくってしょうがないですね。

たんたんとした流れと、最低限の飾り、
陳腐な映像の派手さが無いながら
さりげなくちょっと凝った小物が使われていたりして。

アメリカ資本が入ってDiscoveryチャンネルが作ると
もっと派手で規模が大きいものも作れるんでしょうけど
(民放も取り上げるような)
そうなってしまうときっと「楽しく」なくなる。

電子的なもの、ヴァーチャルな物、
特殊な材料で云々する化学的な物を使わずに、
非常に身近でありふれた材料を使いながらの
科学的、数学的なアイデアに満ちた世界を
日本人ならではの繊細さで物にし、
日本人ならではの潔い映像で作り上げた
このピタゴラ装置DVDは1と共にお勧めデス。

この映像を作って子供に提供するNHKの志には
受信料を惜しみませんヨ。

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2007年4月 4日 (水)

毎月新聞

先日紹介したピタゴラ装置DVDに引き続き、
現慶応大学の佐藤雅彦先生の著書。

切り口がとても面白く、
日常を見る目が変わります。
学生の頃にこういう考え方に出会えていたら
また違う人生を歩んでいたかも。
でも今の自分だからこそ、
共感つつ客観的に楽しんで読めるのかもしれない。

ゲームに視覚、聴覚を支配され、
操られた触覚に浸って、
脳年齢をどうこうよりも、
色々と考えるきっかけを与えてくれる書籍だと
私は思いました。お勧めデス。

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2007年2月25日 (日)

文句無くおすすめ

子供達よ、
これを見て明日の日本のもの作りを支えてほしい!



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2006年10月18日 (水)

ボルナツ Vol.13

先週末本屋にいって何となく車雑誌周りを見ていたら、
あるじゃないですか、

BOLTS AND NUTS Vol.13―愛と勇気のエンスー大河ロマン (13)

しばらくTipoを買ってたこともあって、
その続きでこのマンガ買い続けてます。

が、昔のようなこてこてのエンスーのノリが
だんだん失速している様に思うのは私だけ?

このフール・オン・ザ・ホイールの頃は
ものすごく(一部の)男のロマンみたいなノリがあって、
あきれる程ばかばかしいノリがとてもさわやかだったのに。

ボルナツはむねよしさんの実体験に基づく話だから、
結婚して現実社会に引き戻されてというところなのでしょうか。

最近のTipo連載を読んでないので、
今どうなっているかはわかりませんが、
是非とも昔のエネルギッシュなむねよしさんに戻って
嵌まってどこ行っちゃうかわからない展開に突っ走ってってほしいです。

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2006年10月 6日 (金)

さよならラピタ

あらかじめ書いておきますが、私の考えを押し付けるつもりはありません。
こんな風に受け取る人間もいるんだなという程度で読んで下さい。

定期購読していたラピタに別れを告げることにした。

ラピタとの付き合いは3年程前から。
自分は団塊の世代ではないが、多少近いせいか
そのへんの世代の好みをとらえた記事は楽しめた。

でもここ一年くらいで熱が冷めたのか、
記事をとても押し付けがましく思うようになってしまった。
多分に自分自身がのめり込むものを
見つけてしまったからかもしれない。

のめり込むきっかけを与えてくれたひとつが
広範にいろいろ取り上げてくれたラピタではあっただろう。
浅く広くゆえのめり込んだ自分には疎ましい存在になったのかも。

昔同じように別れた雑誌がある。Be-Palだ。
学生時代に自転車やバイクでのキャンプを楽しむうえで
とてもいい参考書になった。
でも自分の世界を見つけて行った時に、
やはり押し付けがましさを感じて購読をやめた。

対して購読を続けたのがField & Stream(現在日本版は休刊)。
こうでなければ、ではなく、こういうスタイルもある
という記事の中に一本通る筋があった気がする。
肥大化して行くブームのアウトドアに警鐘を鳴らして休刊となった。
とても惜しい雑誌を無くしたと思った。

改めて出版社を見るとラピタもBe-Palも小学館だなぁ。
別に恨みがあるわけじゃないんだけど...たまたまですよ。

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