2009年8月11日 (火)

ニッポン鉄道遺産

今日はかみさんと東京界隈を散歩。
エキナカの持ち帰りはかなり喜ばれた。
東京駅は朝の地震の影響で
新幹線改札口周りには人がいっぱい。

でも間引きながら即座に運転を再会、
明日には通常運転に持っていこうとしている
JRはやはりすごい組織だと思う。

昨年の大阪出張の時、未明に関東を直撃した
台風の影響で運転を見合わせていた新幹線。
徐行運転ながら降水量で懸念されていた
小田原付近を通過してきた上り新幹線の連絡で
下り新幹線の運転を開始する連携。
たすきをつなぐ駅伝の心というのか、
組織で顧客の望みをつなぐ姿を目の当たりにすると
ちょっと目頭が熱くなってしまったのを思い出した。

でこの夏休み思い立って一冊の本を読み始めてます。

ニッポン鉄道遺産。

別に私自身はいわゆる「テツ」では無いのですが
子供の頃から何故か時刻表を眺め思いを馳せるのは
かなり好きでした。

子供の頃には父親の出身の京都で盆と正月を過ごし
新幹線のビュッフェや食堂車の記憶も鮮やか。

夕方の東海道線ホームにひっきりなしに入線する
EF65のブルートレインはやっぱり憧れ。

仙台の親戚のところに向かう祖母を見送った
櫛歯型の上野駅のプラットフォームの
東京と全く違う雰囲気も子供心に感じてました。

全てが新幹線でつながり、旅の手段ではなく
移動手段として活躍してくれている現在のJR。
何となく物足りない感じを受けるところのすべてが
この一冊に凝縮されている感じの本。

一つ一つの章を読みながら、
一つ一つの情景が何となく思い浮かんで
読みながらも涙が出そうになってきます。

「鉄道は国家なり」と明治に広がった鉄道網は
高度経済成長の果てに自動車や飛行機に役目を引き渡し
日本国中に張り巡らされたレールも民営化以降
どんどん減っている。

が、本当に21世紀の地球環境との共存の視点から
果たして今辿っている道に疑問を感じることもある。

駅というのは「どんな人でも自由に出入り出来る、初めての民主的な公共の建物」(ニッポン鉄道遺産、木造駅舎より引用)という一文。

個人重視のもと、自家用車が普及し社会の横のつながりもいつの間にか希薄になってしまった。民主主義ではなく、行き過ぎた個人主義。昔の鉄道にあって今の鉄道に希薄になってしまったものが、社会の縮図にもなっていたことを再認識。

形だけでなく、志を残す、
いや伝えていく手段としてこの本は大切だなぁ
なんてついつい噛み締めてしまった。

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2009年6月13日 (土)

利休にたずねよ

時々買って読んだPHPの歴史街道。

その中で連載されていた「利休にたずねよ」が
ハードカバーで出て久しい。

休み休みでやっと読み終えた。

歴史街道の中の数話でもかなりしびれたけれど
じっくりと読み通してみると
これまたかなりしびれてしまいました。

内容は話せませんけど、
それぞれの人物の描き方だけでなく
端々で表現される景色やものの表現も素晴らしい。
時代物って当時の生活空間や街並を想像せざるを得ないので
そのような細かい描写の上手さが自分には響きます。

もちろん全編を通しての利休の生き様にも
かなり共感するところがありましたねぇ。

価値観が多様になった今こそ
普遍な美って何だろうと考えさせられます。
美に限らず普遍的な価値含め。

「常識に捕われない」と「非常識」は違いますしね。

いろいろ考える機会を与えてくれる、
書ってそんな時間を取り戻してくれると再認識。

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2009年4月30日 (木)

ムーミン展

今日29日から東京大丸ミュージアムでムーミン展が開催されてます。
http://www.daimaru.co.jp/museum/tokyo/moomin.html#

Dscn4885 早速行って参りました。とはいうものの、
絶対グッズ販売もあるので、
なみゲンとあさゲンは留守番です。

久しぶりの東京駅。
工事中の八重洲口に戸惑いながらたどり着いた大丸。
10階に昇るエレベーターのドアから
「コドモだった昔も。オトナになった今も。」
の言葉と共にムーミンが迎えてくれます。

初日となる29日は結構な人出。
入場しようとしたら長蛇の列。
と思ったらそっちはグッズ販売のレジに並ぶ長蛇の列でした。

が、中に入っても壁沿いに列列列...。
元々トーベ・ヤンソンさんの絵は小さいので、
額の中にチョロンとはいっている。
しかも初期のものはサイン代わりに
ムーミン・トロールが小さく描かれていたりするので
それをまたじっくり探す人もいたりするから
なかなか列が動かないんだなぁ...。

習作と実際に使われた挿絵が並べられていたりすると
また列の動きが止まるんだなぁ...。

でも、
白黒の線だけで描かれた世界
北欧の自然を切り取り、長い夜を描いた背景
その中で自由に動き回るムーミン達
シンプルなラインながら表情豊か
優しいキャラクターのラインと厳しい自然の強い線
見ていてわくわくしてきます。

これを事前に読んで行くと更に深く見れて面白かったです。
細いペン、
習作に依ってはボールペン、
物に依っては黒いインクでベタに塗られたものを
けがいて下地の白を出して描く。

キャラクターだけではなく芸術作品として見てみると
また面白いものでした。

Dscn4886 私にとっては、このスナフキンの
後ろ姿が最高でしたねぇ。
絶対子供心にこの姿とあの音楽が
染み付いていたんだなぁと再認識。

ちょっと人混みにいくのに戸惑う連休になってしまいましたが
18日までなので落ち着いてからでも時間有りですね。

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2009年4月 6日 (月)

エンスー天国

と言う名のコミックマガジンが出てました。

Dscn4827 最近こんな感じの
コミックマガジンが
かなり出ている気がする。
始まりは東本さんのRIDE、
西風さんもGT Romanを出した。
多分その流れになるんだろうけど

う〜ん

取り上げられている人がかなりマニアックである。
ガタピシ車の山本マサユキさん、
いしかわじゅんさんは時々西風さんの漫画にも出てくるけど
悩ましい。

東本さんも西風さんもかなり世界を上手く描く人で
コミックマガジンもその世界を漂わせることで
出来上がっていると思うのに対し
エンスー天国はなかなかいろんな人の寄せ集め。

今回は大塚康生さんのルパンとチンクの話があったから
興味津々で買ったけど、次買うかどうかは...。

とはいうもののRIDEもGT Romanも1冊ずつしか
買ってませんけどね。

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2008年12月20日 (土)

BASS Magazine

久しぶりに買ってしまいました。

Dscn4553 表紙が視界の端っこに
ちらっと見えただけで、
それが誰だかわかってしまう
Jacoってやっぱり特徴的。

もちろん真似は試みますが、
とても就職してから始めたサラリーマンの片手間で
出来るものぢゃ有りません。
(え、...単に練習が足らんだけ...?)

元々ハードロック、ヘビーメタルを歌いながら、
少しずつ裾野を広げていく中で目にしたThe Policeの
Stingが弾いていたIbanes(私の年代ではイバニーズ)RB999を
手にしたのが大学4年の頃。

就職してから少しずつ練習してのめり込んでいったのは
バブルはじけて残業規制が敷かれた10数年前。

そんなときに同期のジャズ好きが聴かせてくれたのが、

Jaco のアルバムだった。
正直最初はわからなかった。しばらく経っても。

それから練習する材料をとしばらく買い続けたのが
Bass Magazineだった。
一時期はかなり音楽理論まで勉強したりもしたけど
やっぱり理論より実践だったんだろうなぁ。

あんまり残ってましぇん。

でもBass Magazineを通して知ることが出来た
いろんな音楽達はかなり今を豊かにしてくれている気がする。

一面かもしれないけど、いろんなミュージシャンの
人となりも伺うことが出来ると、より考えながら聴くことも出来るし。

いろいろ読み込んでいろいろ聴き込んでいくうちに
少しずつすごさがわかった様な気がしているJaco。

自分が知ったときにはもうこの世には居なかったけど。

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2008年10月28日 (火)

iQ

また久しぶりに「すべて」本を買ってしまった。


FIAT500のすべてに引き続いての超小型車。
小さくてもトヨタ。
成立させるための技術開発の一つ一つが
やはりさすが世界一の自動車会社という感じ。

日本の局部的な法律の恩恵に保護されている軽自動車とは
一線を画した細部にわたる世界に通じる設計。

志を強く感じる、是非とも乗ってみたい一台。

小さいクルマ故、
居住空間と4つの車輪、
最低限の機構部分を詰め込むと
どうしても箱になってしまう所に
最新のトヨタ流意匠を織り込む所は素晴らしいと思いました。
Mk-Xに始まる車両前方中央下端を起点として
Aピラーにつながる流れを作るエクステリア。
Cocolog_oekaki_2008_10_28_22_33
こんな感じ?
それをしっかりと小さいクルマにも描いている。
Cocolog_oekaki_2008_10_28_22_39
起伏が無い単なる箱だと全く持ってつまらない乗り物。
ヘッドライトからネッツマークにつながる部分のふくらみ、
でもちょっとえぐいくらいのヘッドライトと
四隅に鎮座するタイヤを有機的に包み込むフェンダー
これらを巧みに組み合わせたあくの強い感じの造形。

これを嫌みと思わないのは
bBがもっとえぐいカッコで出ていたからか。
もしも戦略的にえぐすぎるカッコを
一部のそういうユーザー層に供給し
市場に散らすことにより、
一般大多数の目を慣らして免疫を作り
時期を見て車両寸法からえぐくならざるを得ない
けれども一般層に受け入れてもらいたい車両を投入する。

そこまで考えて車種構成と
投入タイミングを計画していたとしたら、
全く持ってトヨタ恐るべしですね。

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2008年9月 6日 (土)

魅惑のチンクェチェント

天気予報じゃ曇りだったのですが、
いい天気でしたね、土曜日。

チンク出して乗れば良かったと後悔させるに十分な夕暮れでした。

ところでその夕方に行った本屋で見つけた一冊。
Dscn4227
西風さんの雑誌。
6号は新旧FIAT500に対する記事。
いわばバイクでの東本さんの
クルマ版と言ったところですかね。

真ん中あたりのジウジアーロ記事の扉で
ブルタコにまたがるジョルジェット本人の写真が
とても魅力的でしたね。

西風さんも東本さんもある意味癖のある劇画家。
クルマやバイクの持つ世界を上手く描くと思います。

あくが強いので、どっぷりとハマりすぎると
ものの見方がかなり狭くなってしまうかもしれませんが
こんな世界もあるんだねと一歩引いてみると
共感出来る瞬間も有ったりして面白いし、
更に世界を広げる良いきっかけになると思います。

大学の頃に結構GT romanは読みふけりました。
チンクに乗ろう、ちょっと違うクルマに乗ろう、
クルマを楽しもう、と思うようになったのは
きっとこの辺の刺激のおかげかもしれない。

いろいろ自分の世界も出来つつ有る中で
再び読むと妙にプライベートな記事が
気になるところも有るんですけどね。

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2008年8月31日 (日)

チンクマガジン

土曜日、若干の晴れ間を縫ってチンクで歯医者に行きました。

歯医者自体は無事に終了です。
歯医者さんのクルマはすごい状態らしいのですが...。

行きつけの歯医者さんもクルマ好きで、
S2000をいじくり回してサーキットを走っている砥の粉と。
でもクランクのメタルをやってしまったらしい。

ところで本屋で見つけた一冊。
Dscn4207 毎度のTipoの企画もの。
もちろん買ってしまいました。
アバルトの周りにいた人の
インタビュー記事が結構面白い。

クルマへのインプレッションはわくわくさせてくれるし
見事にABARTHになっているのがうれしいですね。

女性ジャーナリストの数名はローマの休日のオードリーに
つなげるコメントを書いてくれているけど...、
ま、国民車の実用性を持ちながら映画の小道具として
ヒロインを引き立てるという点では志は変わらないのかな。
ローマの休日に出てたのはトッポリーノなので
直接そのカッコのイメージは新型500には無いと思うんですけどね。

屋根が開かないとオードリーを迎えるドアを開けることも出来ませんし。

ところで先日の500ピクニックの景色も所々に入っていました。
見たことある人が載っているぢゃありませんか!

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2008年8月10日 (日)

ゲリラ豪雨?

ここのところの予測困難な突発的豪雨に対して
各報道機関は「ゲリラ豪雨」という名前を使う。

「ゲリラ」という日本語的には
カ行のトンガリ感、濁音が入ることのインパクト、
ラ行の謎めいたどろっとした感じ
の音感からか、それともかつての解放闘争に於ける
神出鬼没の闘いと予測困難な突発的を絡めたものなのか。

いずれにしても本質的なところでは
庶民の迷惑になるかならないかというところで
間違った使い方であることを認識するべきだと思う。

ゲリラとテロは違う。
もちろんある側面からの認識は反面から見ると誤りの塊になるが
経済に翻弄されて火消しに奔走する現在のアメリカ合衆国と
アメリカ的生活観から見ると貧しいキューバを比較して
どちらが幸福かと言うのは愚な論議だと思うが、
少なくとも専制君主の暴挙に対して市民の賛同を
(そのときはかもしれないが)得て
フィデルとチェは闘い、今日のキューバを築いた。

ゲバラの著となる「ゲリラ戦争」の第一章において
「政府が(中略)合憲性ほ保持している場合には、ゲリラ活動を開始することは出来ない。なぜなら平和的闘争の可能性がまだ完全には無くなっていないからである。」とある。
これは平和的闘争がゲリラ活動に依る武力的闘争に優先されると書いており、志において単なる武力誇示では無いことを説いている。
(続くものすべてが志を継いでいるかどうかは問題かもしれないが)

またゲリラ戦法の一つとしてのサボタージュとテロリズムの違いについても論じている。後者のテロリズムはしばしば全然罪のない人々を犠牲にし、警察の弾圧を挑発することとなり、大衆との合法的あるいは反合法的な接触の妨げから行動の統一を妨げると考えている旨を記している。
(以上、中央公論新社 「ゲリラ戦争 キューバ革命軍の戦略・戦術」エルネスト・チェ・ゲバラ著 五十間忠行訳より抜粋、引用)

よって昨今の局地的な且つ突発的な豪雨に対する文言としては
大衆の賛同を得られておらず且つ大衆の不要な犠牲を伴うという意味では
「テロリズム」豪雨と呼ぶべきだと思うのだがいかがなものか?

現実的には途上国における、大衆自体も大きく分かれる中での
反政府活動での無法状態の活動や少年兵の実態など
「我々の」道徳観や倫理観において問題面が多い今活動している集団を
支持することは出来ないし、支持するつもりは無い。
それらもゲリラと呼んでしまう報道機関だから
ゲリラ豪雨という呼び名を使ってしまうのかもしれないが。

高い志の下で部隊を統率し、理想のゲリラ戦争を成し遂げた
チェ・ゲバラに思いを馳せると
影響のある報道機関には語呂だけではなく
意味を正しく伝える言葉の選択をしてもらいたいと思う。

民意を得た反政府活動となるゲリラ活動を
謎めいた迷惑な天災というイメージを植え付けるために
報道機関全体が何らかの圧力の下に
恣意的にこの言葉を使い始めていたら恐ろしいことだね。

まさかNHKが最初に使い始めてたりしないよね?

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2008年4月 4日 (金)

久しぶりに「すべて」本

桜がいい塩梅で咲いてますねぇ。
今週末は最高の花見日和になりそう。

と、週末の会社帰りに寄った本屋で発見した一冊。

おっと、写真が無いですね。
Dscn3572 こいつでございます。
久しぶりに買った
モーターファン別冊の
『〜のすべて」本。
FIAT500のすべてです。
結構モデルの変遷なんかが見れるので面白い。
学生の頃は国産車のすべて本を結構買っていたのですが、
いつの間にか買わなくなってしまった。

あまり車にときめかなくなってしまったせいか、
ときめく車が無かったせいか。

やはり後者だったらしい。買っちゃったから。
しかも手に取ってすぐレジに向かった。
ま、読んでみるとチンクェチェントとの比較記事なんかは
ミニカーを比較してみたときと同じようなことが
書いてあったりして。
足回りとかシャシーとかパワートレーンとかは
別に新しくなく、個々の技術を見ようとすると
真新しさは無い。記事の通りだと思う。

でもこのカッコを作り上げながら、
最新の安全性能を盛り込んだフィアットの
デザイナーとエンジニアは間違いなく
「車を作る」技術においてすばらしいと思う。
これは記事にはできないだろうし、
書いても訳わかんないと思うし、
見て触って乗って持って
楽しくうれしく感じることが大切な車に取って
理屈なんて作るときにこそ大切だけど、
出来てしまったら「ふぅ〜ん」の一言でおしまいなんだろうな。

こういう車に取って技術は縁の下の力持ちであることが
大切なんでしょうね。

偉大な過去のイメージを咀嚼して行った初期のスケッチたちと
千葉 匠さんの解説は結構読んでて楽しいです。
こういう背景のある車ってそうは無いですからね。

でも...買えないなぁ...。

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