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2019年8月16日 (金)

高畑勲展とPixar展

久しぶりの投稿です。

チンクは元気です。名古屋行ってきました。無事帰ってきてます。

サニトラもバッテリーは弱ってますが元気です。

マーチ号も元気です。チリチリ音の理由はエアクリーナーBoxのクリップが一つ外れていてそれがダッシュロアパネルを叩いていたのが原因でした。

 

久しぶりすぎるけど車ネタでは無く、夏休みの自由研究でもない展覧会見学の話です。

Pixar展を六本木ヒルズの上に行ってみてきました。色々最近のコンピュータを駆使したアニメーション技術を事細かに見ることができて、それなりに楽しめました。
そういえばそんなレイトレーシングをパソコンでできるようにしたはしりがAmigaであり、当時Silverだったかな。自分はそこまでのめり込まなかったけど。もう卒業に近い時期で今の会社に就職が決まっていたような時期だったし、そもそも自転車からバイクへと実際の機械いじりの方にのめり込んでいたから。Amigaにそこまではのめり込めなかった。

でも海外のAmiga雑誌からwwwの存在とか通信とかの時代の移り変わりは肌で感じていたのかもしれない。

またPopulousのようなマルチタスクを活かしたゲームに触れられることで、単に絵がキレイになっていくゲームに全く興味を持てなくなったのも、今となってはいい経験だった気がします。

で、Pixar展ではいろんなキャラクターを生かすために様々な技術が使われていることを実感できました。

でもそういうキャラクターを生かす動きをコンピュータで計算させるでは無く、人間が考えて描いて作るということをやっていたのが昔のアニメーションだったんだよなということを痛切に感じさせてくれたのが高畑勲展でした。

日本のアニメの黎明期から今までを支えてきたような高畑さん。

ホルスの冒険の頃からの直筆(の青焼き)資料とかを目の当たりにすると、本当に緻密に色々考えて作られていたことを感じました。周りを支えてきた大塚さん、宮崎さんの直筆の絵コンテや脚本もみることができる素晴らしい展示会でした。

その高畑さんが最後に行き着いたアニメーションの表現方法が鉛筆の下書きすら残すような生き生きとした線を動かしたかぐや姫というのが、先に見たPixar展と対照的ですごく面白かった。

それにしても昔の日本アニメーションの作品たちは絵の作り込みもさることながら、音楽もどう場面とキャラクターを生かすかとかすごく考え抜かれて作られていたことも改めて感じさせられました。場内で部分的にハイジや母を訪ねて三千里を上映していたのですが、母を訪ねて三千里のマルコがジェノバの街中を駆け抜けて学校から帰ってくるシーンの描き方とそれに添えられた音楽の巧みさは鳥肌ものでした。
それが今の宮崎さんの映画にも活きているんだなと感じさせられました。

アニメーションがまだ子供のものという扱いを受けていた時に、アニメージュが創刊されたのが中学1年の頃だったと思います。創刊号から何号かは買って持っていたはずなんだけど、引越しで処分したんだよなぁ確か。

そのアニメージュを編集していたのが鈴木さんということなので、鈴木敏夫さんの展示会に行けなかったのが悔やまれます。

アニメーションもコンピュータで省力化で作れるようになっていった時にその省かれた力を何につぎ込むのか、改めて考えさせられた対照的な展示会でした。

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